平成11年2月25日

厚生省医療審議会総会
各委員のみなさま

医療過誤原告の会会長 近藤郁男
医療情報の公開・開示を求める市民の会事務局長  勝村久司
MMR被害児を救済する会事務局長  勢馬 彰
大阪HIV薬害訴訟原告団代表  花井十伍
大阪精神医療人権センター代表  山本深雪
クロロキン被害者の会事務局長   横沢軍四
サリドマイド薬害被害者有志代表  佐藤嗣道
CJD薬害訴訟を支える会代表  谷口正和
知る権利ネットワーク関西事務局長  岡本隆吉
陣痛促進剤による被害を考える会代表  出元明美
スモンの会全国連絡協議会加盟広島スモンの会会長  広田純一
全国交通事故遺族の会会長 井手 渉
富士見産婦人科病院被害者同盟代表  小西熱子
薬害・医療被害をなくすための厚生省交渉団代表  風間 進
予防接種情報センター所長  藤井俊介
予防接種情報センター京都代表  栗原 敦
(他多数)

 遺族への診療情報開示を求める要望書

 

 医療審議会総会がカルテなどの診療情報の提供のあり方について議論するために医療審議会事務局(厚生省健康政策局総務課)が作成した「議論のためのたたき台」には、「診療記録の開示を法制化する」と記す一方で、「遺族については、医療従事者と患者との間の信頼関係の向上や情報の共有化を基礎とする医療の質の向上に直接関わるものではないため、診療情報の提供又は診療記録の開示の対象とはしない。」とされている。

この、遺族を診療情報開示の対象外とする案は、現在の社会通念に照らして全く納得し難いものである。以下にその理由及び意見を述べる。

 特に遺族への開示、即ち患者が死亡した後の開示が「医療の質の向上に直接関わるものではない」とする文章は、繰り返されてきた薬害・医療被害からは何も学ばない、医療に反省の必要はない、とする主張にもとれ、許し難い。

これまで、カルテ開示を求めてきた市民運動には長い歴史がある。その多くは、薬害・医療被害者やその支援者によるものだ。しかも、その目的は多くが当該被害のためではなく、未来に向け同様の被害が繰り返されないようにと願う思いからであった。

 医療審議会の委員の方々には、遺族を開示対象外とすることが結果として、日本の医療への信頼を失わせ、医療の質を低下させ、医療訴訟を増加させることに気付いて頂くと共に、診療情報の提供の対象者の中に遺族も含めて答申されることを要望する。

 

【遺族への開示は地方自治体で既に行われている】

 六つの大病院をもつ大阪市では個人情報保護条例に基づき約三年前からカルテを全面開示しコピーも手渡しているが、約二年前に、三歳のこどもが病院で死亡して母親が開示請求した際に「こどもが死ぬ直前ならば、母親は法定代理人なので開示するが、こどもが死亡したら母親は法定代理人ではなくなるので開示できない」と門前払いした。ところがその後、大阪市は社会通念にそぐわない不自然な対応であったことを認め、母親に条例上の開示と同様の方法で開示しコピーを手渡した。東京都も、情報公開法の策定に中心的に関わった法律の専門家らによる都の保護審査会の答申を受けて、二年前に個人情報保護条例の運用規定を改正し、こどもが死亡した際の親にもこどもの個人情報の開示請求権を認めた。大阪府茨木市は三年近く前に、条例に基づきレセプトなどの個人情報を相続人である遺族に開示しているし、大阪府八尾市は最初から遺族への開示を盛り込んだ条例を昨年制定した。また、今年一月二八日には兵庫県も条例に基づき遺族へのカルテ開示を行うことが審査会の答申を受けて決定した。など、先進的な地方自治体では、既に条例という法にもとづく、遺族へのカルテ開示は始まり運用されている。

 既に市民の要求に応え遺族に開示している自治体では、市民の信頼を得ることこそあっても、何の問題も生じてはいない。

 

【レセプトは二年前から遺族に開示されている】

 一昨年六月のレセプト開示に関する厚生省通知では、開示対象者について「遺族からの開示の求めがあった場合についても、各保険者の判断において、社会通念に照らし適当と認められるときは開示して差し支えないこと。」と明記され運用が始まったが、遺族への開示を始めたことで何の問題も生じていない。

 そもそも、診療情報の活用に関する検討会報告書素案の一ページにあるように、「国民医療総合政策会議中間報告(平成八年一一月)」においては、『患者本人に対する診療情報提供については、医師などが適切な説明を行い患者に理解を得るよう努めるとともに、患者へのレセプトによる情報提供や、診療録(カルテ)に記載された内容の情報提供といった課題に取り組む必要がある。』と書かれ、レセプトと診療録(カルテ)は併記され同列に扱われている。厚生省は、レセプトについては遺族への開示を認める決定を医師会等関係団体との調整の上で行ったにもかかわらず、カルテでは「遺族を開示対象外にする」とたたき台に書いたのは極めて不自然である。

 厚生省はレセプトの開示対象者に遺族を含める決定をする際には、地方自治体の事例を市レベルまで詳細に情報収集した。しかしながら、カルテ等の開示に関する議論では、故意か怠慢か、それを行わないのはどういうわけか。医療審議会でも、外国の例が引用されることはしばしばであるが、地方自治体やレセプト開示などの国内での実例が全く検討されていない。

 国民医療総合政策会議が、患者への情報開示に取り組むべきと書いた背景には、薬害エイズ問題など、繰り返される薬害・医療被害への反省の念が込められていたはずだ。レセプト開示も遺族を中心とした市民運動によって実現したものである。

 

【厚生大臣発言や厚生省課長発言と矛盾している】

 約二年前に、小泉純一郎前厚生大臣は国会の場で、「病院で死んだ子どものレセプトを親が見せてもらえないという現状をどう考えるか」という旨の質問に対し「信じられない。親の気持ちを考えると憤慨に耐えない」と答弁した。

 また、一昨年、レセプト開示を通知した際の厚生省の記者会見の中で、国民健康保険課課長は遺族への開示を認めたことについて「小さな子どもが亡くなったとき、親がどんな治療を受けたのか知りたいと思うのは当たり前」と述べた。

 時代の流れに、医療審議会のたたき台だけが乗り遅れているのは明らかである。

 診療情報の活用に関する検討会に対して、私たちが当初予定されていなかった公聴会開催を申し入れた結果、それが開かれるに至った。その公聴会で、私たちは遺族への開示が当然であることを含め意見陳述した。しかし、検討会報告書では「遺族は検討の対象外」とされた。そのことに対する国民世論の不満は、当時の新聞各社の記事を見ても一目瞭然である。それらの世論やその後の市民運動の結果、昨年末から始まった一連の医療審議会の中では、事務局である厚生省担当官から「検討会で検討対象外となった遺族への開示の問題に関しても議論して欲しい」と話が出るに至った。しかし、その後、事務局がたたき台を提出するまでの間に、この問題については「遺族にも開示すべき」という発言がたった一度あったのみである。にもかかわらず、厚生省はたたき台で「遺族は開示対象外」とした。

 遺族への開示が進んでいる中で、なぜ今さら、医療審議会だけが唐突にそれを避けようとするのか理解に苦しむ。これだけの経緯・歴史があるのだから、遺族を対象にしないとするときにこそ、その理由を国民によりわかりやすく説明すべきであり、たたき台に記されているような抽象的な理由だけでは済まされない。

 

【遺族への開示こそが医療裁判を減らす】

 また、検討会などで医師会系の委員の発言の中には、「遺族に開示すれば訴訟が増える。アメリカのような訴訟社会になってもよいのか」等を旨とする主張があったが、本末転倒である。開示しないから真実を知るために訴訟せざるを得ないというのが実状だ。きちっと情報開示し説明すれば、そのことで誠意が感じられ、訴訟まで至らずに解決できるものが多数あるはずだ。

 病院で死亡するやいなや「カルテは見せられない」と言うことが、不信感につながり、それ以上病院に対して説明を求める気持ちを失わせ、患者を裁判せざるを得ない状況に追い込んできた。医療者にとっては、いきなり裁判をされるよりも、遺族から直接説明を求められることの方が助かるはずだ。その際に、カルテを隠して説明しようとするならば、たとえ医療内容に問題がなくとも、遺族が不信感を抱くのは当然である。

 市民団体には、「カルテが開示されておれば裁判はしなかった」「カルテさえ見られなかったので裁判せざるを得なかった」という声が多く寄せられている。遺族をも開示対象とすることこそが、信頼関係を築き、不要な訴訟を減らしていくことに気付いて欲しい。

 そもそも情報が閉ざされた医療界で薬害・医療被害、不正請求などが漫然と繰り返されてきた歴史は確かにあった。もちろん医療界の全てがそうだとは言わないにしても、閉ざされた医療界でそのようなことがあったのは確かであり、だからこそ診療情報の開示が求められている。何よりも、情報開示によって、事故や被害の経験を生かそうとする姿勢こそが本質的に医療裁判を減らしていくのである。

 

【遺族への開示を拒む法的根拠はない】

 検討会での医師会系の委員の発言には「訴訟においては証拠保全手続きで診療記録の開示が可能である」という主張が遺族への非開示の理由にあげられたことがあった。しかし、遺族=訴訟と結びつけるのは偏見である。生きていても医療訴訟をしている人はたくさんいるのであり、本人と遺族の境目を訴訟するかしないかで分けようとするのは大きな誤解に基づく。逆に、全く訴訟をする気のない遺族が、死亡した家族のカルテ開示請求をしたところ「一体何に使うつもりだ」と断られ、遺族の自然な気持ちが踏みにじられた、とする声も市民団体に寄せられている。交通事故遺族の場合なども含め、遺族の心のケアとしての情報開示の必要性は、現在、声高に叫ばれている。

 訴訟を前提とする場合、本人が死亡しているか否かにかかわらず、少しでも改竄を防ぐために証拠保全をするのは当たり前である。問題は、訴訟を前提としない場合の開示であることに気付いて欲しい。証拠保全というのは裁判所に申し立て、裁判所が病院・診療所を訪れて行うものである上、証拠保全の際に裁判所に提出する申立書には、ほとんど訴状並みに事実経過や訴えなどを書かなければならない。つまり、遺族を開示対象からはずすと、「カルテ等を見たい場合、生きている間は直接病院などに開示請求し、死亡したら裁判所に訴えなさい。」ということになる。

 その他にも、「遺族へ開示する場合、その範囲をどこまでにするかが法的に難しい」とする主張もあるようだ。しかし、それなら何故、遺族に開示している地方自治体の例を調べようとしないのか。例えば、法律の専門家などでなる兵庫県の個人情報保護審査会が「遺族へもカルテ開示すべき」と今年1月末に出した答申には、証拠保全との関係や、遺族の範囲について以下のような文章が明記されている。「裁判上、証拠保全の手続きをとることによって、本件個人情報の開示を受けることができるので、条例上の開示の請求をする権利を認める必要がないという点については、条例上の個人情報の開示と裁判上の証拠保全の手続きとは、その趣旨、目的を異にするので、たとえ後者によって開示を受けられることがあるとしても、前者の開示を受ける権利を否定する根拠にはならない。」「開示の請求をすることができる遺族の範囲が確定できないという点については、従来から病院において診療内容等の個人情報を家族(遺族を含む)に口頭で説明する過程で、誰に対して説明をするのかということを決めるに当たって、既に実質的な線引きを行ってきているので、殊更開示請求の場合にだけその範囲を確定できないとして、別異に取り扱う理由はない。最後に、本件のような場合に誰に対して開示の請求をする権利を付与するのかは、この条例の解釈・運用に係ることなので、当審議会としてその範囲を示せば、死者本人と密接な関係を有し、かつ本人の死亡を原因として生ずる諸種の法律関係の当事者になり得るという地位にある者を対象として扱うのが適当である。」

 そもそも、レセプト開示の際に、多くの法律家の意見を集め、過去の判例を研究し、遺族への開示が可能だと判断し通知したのは厚生省ではなかったか。

 

【おわりに】

 他にも「議論のためのたたき台」には、「公布から施行まで三年おく」「施行日以降に作成された記録だけを対象とする」「当面の間は別文書の交付でもよい」などの文章が続いている。しかし、地方自治体の条例に基づくカルテ開示や厚生省通知によるレセプト開示では、公布後速やかに施行され、現に保管されている記録が対象となり、実物そのもののコピーが渡されている。それと比べても、たたき台の内容は特異で不自然である。

 情報を隠すことで信頼を得ようとする姿勢が、かえって不信感を招くことになぜ気付かないのか。隠そうとするから信頼されず開示請求が起こるのであり、「開示する」と言えば、それだけでも信頼が生まれるものである。

 以上のように、地方自治体の公立病院では条例という法に基づくカルテ開示が既に始まっている。また、二年前の大阪高裁判決が、個人情報保護条例が未だ制定されていない自治体では公文書公開条例でも個人情報の開示請求を受け付けるべきと判断しており、これによって情報公開法で国立病院のカルテを開示請求できることになる。しかし、国公立の病院のみが開示請求できるのは不自然であり、今やカルテ開示の法制化は必然である。

 先進的な地方自治体によるカルテ開示例と同様の内容の法制化提言を強く要望する。

以上


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