2003年1月27日

厚 生 労 働 大 臣
  坂  口   力  様

診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会
  座長 大 道 久 様

医療過誤原告の会 会 長 久能恒子
医療被害者救済の会 会 長 野間幸子
医療情報の公開・開示を求める市民の会 事務局長 勝村久司
大阪精神医療人権センター 代 表 山本深雪
陣痛促進剤による被害を考える会 代 表 出元明美
全国薬害被害者団体連絡協議会  代 表 花井十伍
富士見産婦人科病院被害者同盟 代 表 小西熱子
薬害・医療被害をなくすための厚生省交渉団 代 表 風間  進
予防接種情報センター 代 表 藤井俊介
                                                                                (上記関係団体)           
MMR被害児を救援する会
大阪HIV薬害訴訟原告団
クロロキン被害者の会
京滋筋短縮症の会
財団法人京都スモン基金
サリドマイド福祉センター(財)いしずえ
知る権利ネットワーク関西
スモンの会全国連絡協議会
東京HIV訴訟原告団
薬害ヤコブ病被害者・弁護団全国連絡会議
予防接種情報センター京都

要 望 書

(1)カルテ等の開示システムを法制化してください。

(2)カルテ等が遺族に全面開示されるよう対処してください。

(3)カルテ等の保存期間を延長するよう法改正してください。

<はじめに>

私たちは1997年7月に設置された「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」に対して公聴会開催を申し入れ、実際に公聴会で意見陳述をし、検討会に要望書を提出してきました。その結果、1998年6月にこの検討会は報告書の中で、カルテ開示の法制化を提言しました。
 ところが、この提言を受けて、実際にどのように法制化していくかを議論していくはずの医療審議会において、医師会や歯科医師会の代表委員らが猛烈に法制化に反対し、新聞の世論調査(読売新聞1999年7月4日)で国民の82%以上がカルテ開示の法制化を支持する中にもかかわらず、カルテ開示法制化の議論そのものが3年間先送りされることを決定され、国民世論が不満と落胆に包まれたという経緯があります。
 当時の医療審議会のこの件に関する審議の最終日では、審議会会長の浅田敏雄氏が「僕も最初は法制化かな、と思ったんだけど、まあ、医師会の方も努力するということですので、この辺で議論を打ち切りましょう。厚生大臣が来ますのでしばらくお待ち下さい」と話し、打ち切られましたが、その直後に、会議室の片隅のパイプ椅子3列分にぎっしり詰まった傍聴者の一人であった、1996年4月に大阪市の個人情報保護条例に基づいてカルテの全面開示を受けた岡本隆吉氏が立ち上がり質問しました。
「会長!この時間を借りて一つお聞きしたい。私は大阪から来た者ですが、大阪市では3年以上も前から、条例でカルテ開示を認めているんです。ご存じですよね。自治体が条例に基づいてカルテ開示をする例は全国に広がっています。どうして、国がカルテ開示を法制化できないんですか。」
「どうして法制化できないんですか。」「答えて下さい。」「答えて下さい。お願いします。」次々に立ち上がったのは、前日に長年に渡る民事訴訟の判決がようやく言い渡されたばかりの富士見産婦人科病院被害者同盟の人たちや陣痛促進剤事故の被害者たちなどでした。それに大阪HIV訴訟原告団長の花井十伍氏らも立ち上がって、浅田会長の顔が見える位置に移動しましたが、浅田会長は、少しにやにやしながらも口を真一文字に閉じたままで、法制化は先送りされてしまったのです。
 このあまりに不自然で強引な結論に対して、カルテ開示の法制化を提言した検討会の座長だった森島昭夫上智大学法学部教授も「検討会の提言と別の結論を出すなら、なぜ検討会の提言が取り入れられないのかを国民にわかる形で説明してほしい」と不満をあらわにしました。(朝日新聞1999年6月23日)
 その後の厚生労働省の研究班の調査でも、カルテ開示法制化を支持する一般市民 は84%に上っています。
  これまで、カルテ開示を求めてきた市民運動には長い歴史があります。その多くは、薬害や医療事故の被害者、そしてその支援者によるものです。しかも、その目的の多くが当該被害のためではなく、未来に向け同様の被害が繰り返されないようにと願う思いからです。
 私たちが把握しているカルテ開示を求める新聞記事で最も古いものは、今から20年近く前になる1984年9月29日付の朝日新聞の記事です。「カルテ開示はなぜダメなのか」という見出しで始まるこの大きな特集記事にの中には、以下のような記述があります。
『・・・本畝淑子さんは、2歳8ヶ月の次女を亡くした。次女が発熱していくつも病院をまわり、渡された薬を飲み続けたが、6日後、激しい頭痛を訴えて脈が薄れ、仮死状態で総合病院にかつぎ込まれたが心音が途絶えた。死亡診断書には「ライ症候群」と書かれた。その後、「インフルエンザの子どもにサリチル酸系の解熱剤を使うな 米政府警告 ライ症候群の恐れ」という新聞記事が目にとまった。次女には解熱剤が出されていた。 医師にカルテ開示を求めたが「カルテは患者に見せるものではない」と拒否された。本畝さんは、63家族で作る「ライ症候群親の会」の会長になったが、どの家族にとってもカルテ非開示の壁は厚かった。「何に使うんだ。警察を呼ぶぞ。」「裁判するつもりなら、絶対に出さない。」「親でも見せられない。弁護士を呼びなさい。」等と言われカルテ開示を拒否された。・・・』
 この記事には、当時記者会見した3人の方の写真が掲載されています。本畝さんの左右に写っているのは岡本隆吉さんと長尾クニ子さんです。皆、子どもを医療被害で亡くした「遺族」であり、後に「救急医療を考える会」や「医療過誤原告の会」など、全国的な、医療を良くするための市民運動や被害者運動で中心的な役割を担ってきた人たちです。彼らが「患者が求めたときにはカルテのコピーが取れる制度を」と厚生省や大阪府に陳情したことが記され、その記事は終わっています。
 スモン薬害の際には、カルテ開示を拒否された被害者たちが絶望して拒否をした医療機関内で抗議の自殺をすることも相次ぎました。 振り返れば、市民運動としてカルテ開示を求めてきた人たちの多くは、医療被害者やその遺族たちでした。
 そして、間違ってはいけないことは、被害者たちは皆、自らの裁判のためにカルテ開示を請求したわけではない、ということです。医療裁判を前提とする場合には、通常、カルテの改ざんを少しでも防ぐために裁判所を通じた証拠保全によって入手しています。それでは、なぜ被害者たちは、皆、自分の裁判が終わった後にカルテ開示を求める市民運動に必死で取り組むのでしょうか。それは、同じような被害を繰り返させないためにはカルテ開示が最も大切なことである、ということに、みんなが行き着いたからなのです。
 全ての薬害・医療被害の根元には、「医療の閉鎖性」があるということはもはや明らかです。
 「癌だ」等の虚偽の診断をして子宮や乳房を切除するなど不必要な手術がなされたり、「子宮口を柔らかくする薬です」という説明だけで陣痛促進剤が投与され事故に至ったり、本当の病名の告知を怠ったために二次感染がひろがったり、危険であることを認識しながらその説明をせずに投薬を続けたり、等々が、薬害・医療被害の実態です。そして、裁判の中でも、情報隠しやカルテ改ざんが横行していることは、多くの判決文や新聞報道で指摘されて続けているところです。
 国民にとって、開示している医療機関の割合が何%かとかなどは、どうでもよいことです。不本意な医療、そしてその極みである薬害・医療被害をいかになくしていくか、が問われている中、今まで通り、見せる見せないを医療機関が勝手に決め続けると言うことが続くのかどうかが問題なのです。現在、様々な医療機関で起こっている医療事故やカルテ改ざんの実態が、たとえ一部の医療機関だけのこととなったとしても、それで放置することはできません。国の責任として、薬害・医療被害は一人でも起こらないように努力すべきです。
 したがって、今問われていることは、どうしてもカルテを開示しない医療機関に対してどうしていくかなのです。しかし、後を絶たないカルテ開示を拒否する事例や、その上、カルテを改ざんする事例に全く目を向けず、命と健康をかけた国民や被害者の声に、坂口厚生大臣や貴検討会は、これまでのところ全く答えようとして頂けてないことを強く遺憾に感じ、要望書を提出させて頂く次第です。

<(1)について>

4年前の「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」で、委員であった武田文和氏(埼玉県立がんセンター総長)や高橋清久氏(国立精神・神経センター武蔵病院長)が実際にカルテ開示をしてきた経験から、共に、「がんや精神病でも告知をした方が治療効果が上がり、信頼関係も生まれ苦情も全くない」と明言しています。
  それでも、医療機関が作った様々なカルテ開示に関するガイドラインでは、カルテ開示請求を原則として認めておきながら、「患者本人の心身の状況を著しく損なう恐れがあるとき」「治療効果等への悪影響が懸念されるとき」「患者の不利益になると考えられる場合」等に非開示にする、と規定しているものがほとんどです。
 しかし、このことは論理的に全くナンセンスです。まるで、患者の心のケアなど、患者のために非開示にするかのような表現になっていますが、請求しているのに自分だけ拒否された患者にとっては、不安が増大するばかりでしょう。ガイドラインはあくまでも、カルテ開示の請求を受けた場合のマニュアルです。開示請求をした人の内、がんや精神病の人だけは非開示にするという行為が、その人たちの心のケアになりえるわけがありません。今や、どのような病気であっても、その後の人生が全て否定される時代ではありません。カルテ開示がなされることで、セカンドオピニオンやクリティカルパスを受けることが大切です。実際、ある病院で、手術して一年、しなければ半年、という癌告知を受けながら、その後、別の病院で治療し10年以上も元気に過ごしている人はいくらもいます。 そもそも、知らせると「不安をあおる」「パニックが起こる」などの言い訳での情報隠しはもはや通用しません。隠すことこそが不安をあおり不信感を募らせることは、様々な事件でも証明されているでしょう。
  医師会などは、法制化をしない代わりに、自主的にカルテを開示していく、として様々なカルテ開示に関するガイドラインが作られていますが、それらは法律に代わり得ません。官公庁が「これからは自主的に情報を公開しますから情報公開法は不要です」と言っても、誰も納得しないでしょう。法律というのは、職業や立場を超えて、全ての人の関わりの中で共有されるべきものです。ところがガイドラインというのは、患者・市民を抜きにした、あくまでも医療者のための対処マニュアルに過ぎません。しかも、医療機関毎にバラバラです。ガイドラインでは不服審査申し立て先は、ガイドラインを作った医師会自身であったり、不服審査申し立ての制度がなかったりします。これも、法制化する場合との大きな違いです。
 そして、非開示とする場合の理由が明確に示されていない上、非開示とされた場合の不服申し立ての権利も保障されていない状況ではおらず、「カルテ開示の推進を目的とする」としながら、運用の仕方によっては、カルテ「非」開示のガイドラインになりかねない、という危惧が、大阪にある国立循環器病センターで現実に事態が起こりました。
 国立循環器病センターは、遺族からのカルテ開示請求を、「十分な説明をしており、遺族と信頼関係もあるので必要ない」という理由のみで拒否したのです。遺族は「何を根拠に信頼関係があると決め付けるのか。原資料で治療内容を判断したいので、開示して欲しい」と話されています。この問題は、市民団体の厚生労働省交渉でも長期に渡り議論されていますが、現在もまだ開示されていません。市民団体の「国立病院はカルテ開示をすすめるとしてガイドラインを出しながら、十分な説明をした場合は開示しない、とはどういうことですか」という主張に対し、厚生労働省の国立病院部の担当官は、「本来開示されるべき事例ではないか、ということは病院の方にも再三伝えているが、院内で診療録開示委員会を開いて非開示を決定しており、ガイドライン上問題がないはずだ、と言われてしまえばどうしようもない」とガイドラインの不備を認める発言をしています。
 この国立循環器病センターは、遺族からの診療録開示委員会の議事録の開示請求も拒否しています。このケースはそれだけで、ガイドラインだけでは患者のカルテ開示請求権は保障されず、何らかの法制化が必要であることの証明になっていると言えます。
 また、歯科にいたっては、カルテ開示は、ほとんど実施されておらず、患者が頼み込んで歯科医師にカルテ開示をしてもらうよう説得しても、歯科医師会がカルテ開示をしないように指導しているとする報告が市民団体に相次いでいます(朝日新聞2002年4月11日)。
 歯科医師会が2002年3月に作成した「診療情報を適切に提供するために」という冊子の中には、セカンドオピニオンに応じないよう指導しているともとれる記述があるなど、医療機関や医師会側の自主的なガイドラインだけでは、本来開示されるべきカルテがいくつも拒否され、正しい情報が患者に与えられない危惧をより大きく増大させたと言わざるを得ません。

<(2)について>

 様々なカルテ開示ガイドラインでは、ようやく遺族へのカルテ開示を認める内容が増えてきたものの、そのような場合でも、「開示しない場合」があり得る旨が必ず付記されています。
 遺族へのカルテ開示は例外なくなされるべきです。実際、1997年6月から始まったレセプト開示では、既に遺族に対して例外なく開示されています。この通達の直前には、小泉純一郎厚生大臣(当時)が衆議院予算委員会での質問に対し「子どもが病院で死んだ母親にもレセプトを開示していないなんて憤慨に耐えない」と答弁し、厚生省国民健康保険課長も当時の記者会見で「遺族が、どんな治療を受けたのか知りたいと思うのは当たり前」と話しています。
 法的にも、遺族は証拠保全手続きをすれば例外なくカルテを入手することが保証されているのであり、カルテを開示請求した遺族に対して、今後、拒否する事例が出ることは、不自然で医療不信を増大させるだけのものです。ぜひ、国民の立場に立った、例外のない遺族へのカルテ開示の提言をお願いします。

<(3)について>

現在の、カルテの保管義務がたった5年間というままでは、患者に対して、生涯にわたり責任を持って医療を施していくことはできないでしょう。
 実際、日本診療録管理学会が「保存年限が現行の5年から10年に延長した場合の対応」について、1999年に実施した全国調査では、「既に10年を超えて保管している」と回答した医療機関が54.3%に達しており、「現状で対応可能」の13.9%、「工夫が必要だが対応可能」の15.1%を合わせると、83.3%に達していました。
  また、2002年7月19日に行われた「薬害・医療被害をなくすための厚生労働省交渉団」の第53回交渉において、「実際に、国立病院ではカルテ等をどれくらい保管しているのかを調査して欲しい」という事前の要望に対する回答がありました。厚生労働省のサンプリング調査の結果によると、「基本的に永久保存」としているところもいくつもあり、保存期間の平均は20年くらいという印象だった、ということでした。しかし、回答の中には、5年で破棄していると答えた国立病院も1件あったということで、そのような方法で適切な医療を行えるのか、という危惧を抱かざるを得ません。
 出産でも、5年以上の間隔をあけてお産する場合、前回のお産の状況についての記録がなくなってしまっていることになります。また、薬害エイズ事件でも、血液製剤投与から随分経ってからHIVウイルス混入が発覚した際に、多くの医療関係者や国民が、カルテの保管が5年では足らないことを実感したはずです。
 厚生労働省薬事・食品衛生審議会の専門部会も、血液製剤など「特定生物由来製品」を使用した場合の投与記録の保管年限の義務付けを20年間に延長する方針を出し、改正薬事法に盛り込まれることになっています。
 今や、電子カルテやマイクロフィルムも普及し、資料がかさばる、という言い訳もできないはずです。また、どうしても倉庫に収まらない、ということであれば、カルテは本来患者に返却されるべきでしょう。(このことは、医療機関が廃院になる際にも言えることです)

<おわりに>

 情報公開は、良い医療と悪い医療を分けるために求められているわけではありません。情報公開には、全てを良い医療に変えていく力があります。例外のないカルテ開示(カルテ開示の法制化)こそが一部で起こっている悲しい被害をなくしていくのです。
 菅直人前厚生大臣が、厚生省の行政情報公開の先鞭をとり、小泉純一郎前厚生大臣が遺族を含めたレセプト開示を実現するなど、薬害・医療被害の防止のために情報公開を大きく推進されてきたことにくらべ、より、薬害や医療被害の防止に努力して頂いているように感じる坂口力厚生大臣が、多くの国民が求めている最も大切な「カルテ開示法制化」を避けて、これからも更に薬害・医療被害が繰り返される道を選ばれるとしたらそれは本当に残念でなりません。

 また、カルテ開示の法制化等が実現するかどうかの鍵を握っておられる「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」の皆様にも、私たちの要望をしっかりと受け止めて頂きますようお願い申し上げます。

以 上 


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