1999年2月25日

東京地裁一審判決全文


平成九年(ワ)第二三六四六号損害賠償請求事件(平成一〇年一二月二四日弁論終結)

判決


原告 新美千鶴
右訴訟代理人弁護士 安藤憲一
右同 郷原友和
東京都新宿区高田馬二丁目一三番一五号
被告福島美智子
右訴訟代理人弁護士 新井章
右同 加藤文也


主文

一、被告は、原告に対し、四O万八二四四円及びこれに対する平成八年一一月二七日から文払済みまで年五分の割合による金員を文払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを一O分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。
四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。


事実及び理由

一、請求
被告は、原告に対し、六九万一七六七円及びこれに対する平成八年一一月二七日から文払済みまで年五分の割合による金員を文払え。
二、事案の概要
1、被告は、産婦人科を専門とする医師であり、表記住所地において「福島医院」という名称の医院を営む者である。
原告は、新宿区が費用を負担する癌検診を受けるために、平成八年一0月、同月二二日及び同年一一月二六日の三回福島医院を訪れた者である。
当初予定されていた癌検診だけであれば、原告の費用負担はゼロであるが、原告は、被告に対し、診療報酬として、平成八年一0月一日九0五0円、同月二二日四二0円、同年一一月二六日三五OO円総計一万二九七〇円を支払った(以上の事実は争いがない)
2、本件は、被告が原告に対してした診療報酬請求のうち、次に掲げるもの(点数にして九四二点、全額は一点一〇円につき九四二〇円、このうち原告の自己負担分は三割に相当する二八二六円)を除くその余の請求(右自己負担分を超える一万0一四四円)は不正なそれであるとして、原告が、被告に対し、不法行為に基づき、損害(右不正請求分一万〇四四円、慰謝料五O万円及び弁護士費用一八万一六二三円)の暗償を求めたものである。
平成八年一0月一日処方分        点数
CA一二五精密測定          三二〇
B−V(静脈採血)           一二
超音波断層撮影法           五〇〇
生化学的検査(2)判断料       一一〇
        合計         九四一
3、被告の主張
(一)被告が原告に対してした診療報酬請求の内容は、次のとおりである。
(1)平成八年一0月一日処方分     点数
子宮癌及ひ乳癌の検診を実施、大腸癌の検診については採便のための容器を交付
抹消血液一般検査六五
抹消血液像
生化学検査七0
総蛋白、ZTT、GOT、GPT、ALP、鉄
CA九−九精密測定
CA二五精密測定
石二項目合計四五O
以上に伴う血液学的検査判断料0
生化学的検査m判断料O
生化学的検査株サ断科0
B−V(静脈採血)
超音波断層撮影法王。0
膣洗浄四二
処方調剤、葉剤情報三六
薬剤等六一
初診料一五O
以上合計一二0一六
名のような処方をしたのは、子宮癌検診の内診の際に卵巣腫瘤を認めたためである(乙二)○原告は、患者の同意が検査を行うための有効要件であるかのごとき主張をするが、医師は、自己の判断に基づき、必要と認める処置を採ることができるのである。
2平成八年一0月一目処方分
時間外電話再診一回七0十六五U一二五
同日、原告から時間外(昼休み)に電話で検査緒呆の間い合わせがあった。被告は、原告に対し、卵巣腫瘤の血液検査の結呆を告知し、詳しく説明するので、来院するよう話した。
平成八年一0月二二口処方分
大腸癌の検体の提出を受ける
内科再診一回七O十四二u一
以上合計二四七
同目、被告は、原告に対し、血液検査の緒呆について腫瘍マーカーを含めて説明した。
腫瘍マーカーの数値が正常範囲の上限であったため、被告は、専門病院への紹介を提案したが、原告は、これを受け容れなかった。
右二回の軒診料の点数を一O倍して、その三割を計算すると、七四一円となる。しかし、被告は、原告から四二0円しか受領しなかったので、二二一円の不足となる。
平成人牢一一月二六日処方分
初診料二五O
膣洗浄四二
超音波断層撮影法王OO
診療情報提供(紹介伏)二二0
外用薬投与四六
(薬剤二二十薬剤情報提供加算五十処方二六十調剤二の合計)
以上合計一0五八
初診料を算定したのは、前回の受診から一か月以上経過し、前回の冶療は終丁したと認めたためである。
同日、被告は、原告から紹介状を菩いてほしいと言われたので、紹介伏作成のため、超音波検査を再度実施し、腫瘤を再確認した。被告は、卵巣腫瘤の精密検査を依頼する旨の紹介伏を作成し、血液検査の結呆を同封して原告に交付した(甲一一)
○右請求のうち、mF及びGは誤りであった。すなわち、正しい没薬関係は次のとおり
であり、癌検診による受診の場合には、初診料は請求できないことを被告は、後目知った。
ツムラ温清飲八点x一四日分u二五二点
コタロー黄連解毒湯0占〜X四目分U一四0点
よって、平成八年一O月一日処方分の正しい保険点数は九九七点で、被告が受領すべき診療報酬は一万九九七0円となる。患者の自己負担分はその三割に柑当する五九九円となる。被告は、原告から同日九O五0円を受領したから、結局一二O五九円を余分受領したことになるので、右金額が原告に返還すべき不当利得分である。

4原告の主張
H子宮癌、乳癌及ひ大腸癌の検診のためには、少なくとも一二回(乳癌と子宮癌の検診のために回、大腸癌の検体の提出のために一回、検査結果を確認するために一回)の受診が必要であり、平成八年度の新宿区と検診実施医療機関との間の癌検診委託契約中には、そのための初診料及ぴ軒診料が含まれている(甲一二七)から、癌検診の受診に当たりワ、初診料及び再診料を請求することは二重請求となり、許されない。被告は、新宿区から高検診を受託するに当たり、新宿区からその旨の説明を受け、初診料及び再診料を請求できないことを知っていたにもかかわらず、原告に対し、これらを請求したものであり、故意による不正請求以外の何物でもない。
平成八年一0月一日処方分について
被告主張のDないしFは行われていない。
漢方薬を投与したとの被告の主張は、全くの虚偽であり、架空請求そのものである。
Aについては、原告はヽ0貝程前の同年九月一九目に東京都健康づくり推進センターにおいて、同一内容の血液検査を受けている(甲九)。被告が血液検査を実施する前にその目的を原告にきちんと説明し∴原告の同意を求めていれば、原告としてはこのような重複した検査を受けずに済んだのである。
◎のうち、CA九−九についても、被告から説明を受けておらず、原告は、同意していない。原告の同意を得ずになされた検査の費用を原告に請求することは許されない。
平成八年一O月一円処,方分について
同日、原告は、検査の待呆が出ているか否かを確認するために被告に架電したにすぎない。被告は、これを捉えて時間外電話再診料を請求しているが、不正請求以外の何物でもない。
平成八年一0月二二日処方分について
同目、原告は、大腸癌の検体を提出しヽ併せて検査の緒呆を聞くために受診したのであり、再診料及ひ外来管理加算を請求することは不正請求である。
平成八年一一月二六日処方分について
同目、原告は、大腸癌検診の結果を確認するために受診したのであるから、初診粋を請求することは許されない。
被告∴三張のA、◎は行われていない。・再度超音波検査を実施したとの被告の主張は、写真がないことから明らかなとおり、全くの虚偽であり、架空請求そのものである。
Cについては、原告が紹介状の作成を被告に依摂した牢実はない。
◎については∴トローチの投与を受けたことは事実であるが、被告は、領収証(照一こを発行した後であったので、この中でやっておくからいいわ〕と述へたつ争点に対する判断
平成八年一0月一日の処方
H被告主張の◎ないしFが行われた否かについて
乙七、九、O及び被告本人尋問の結果中には、これらを実施した旨の記載及ひ供述があるが、原告はこれを否定していること(甲五、原告本人)、膣洗浄の目的についての被告の、三張は貫していない(当初は器具や診察台の清潔のためと,主張していたが、後に原告は帯下が多かったからであると変更している)こと、投薬に関する診療録(乙七)の記故は鉛筆書きである上、x印で消されていること及び投薬に間する被告の主張十まそのつど変遷していることに照らすと∴腔洗浄及び没薬は、実施されなかったと認められ、冒頭掲記の各証拠は採用できない。
CA二五以外の血液検査について
確かに、甲五、八、力及び原告本人尋間の緒呆によれば、原告は、O日程前の平成八年九月一九日、東京都健康づくり推進センターにおいて、抹消血液一般検査及ひ生化学検査を実施したことが認められ、被告が血液検査の目的について詳細に説明をしておれば、原告も被告に対して右受検の事実を申告して、重複iする検査をしないで済んだかもしれないが∴血液検査の必要が一応認められたこと、原告も採血の時点では右受検の事実を被告に申告しなかったことに照らせば、右検査実施の費用を原告に請求することが許されないとまではいえない。
次に、CA九−九については、証拠(乙一六、一七、九、二0)によれば、腫瘍マーカーは、癌の補助診断法としての有効性が承認されていjること、臨床では複数のマーカーを組み合せて利用することにより正診率を高める工夫がなされていることが認められ、本件においてCA一二五と併用したことにはそれなりの合理性を肯定することができる。よって、仮にこの点に関する被告の説明が不十分であったとしても、右検査実施の費用を原告に請求することができる。
2平成八年一0月一日の処方
証拠(甲五、原告本人)によればヽ原告は、被告に対し、同日午前中に検査の結果が出たかどうかを間い合わせるために二回架電したが、被告はヽ多忙を理由に電話に出ず、一時ころ、一二回目の電話にようやく出て、検査の結果を伝え、詳しく説明するために来院を促したことが認められる。
被告は、これを時間外の電話再診であると主張するが、原告にしてみれば、検査の結果が出たかどうかを電話で間い合わせたにすぎず、これをもって時間外再診科を請求することは健全な常識に反し、著しく不当といわざるを得ない。
3平成八年一0月二二目の処方
証拠(甲五、乙九、原告本人及ぴ被告本人)によれば、原告は、同日、大腸癌の検体の提出及び検査の結果の説明を受けるために受診し、被告から検査の結果は異常がない旨の説明を受けたこと、しかるに、被告は、腫瘍マーカーの数値が正常範囲の上限であることから専門病院で桔密検査を受けることを勧めたが、原告はこれを受け容れなかったことが認められる。
証拠(甲一二七ないし四0)によれば、子宮癌、乳癌及ぴ大腸癌の検診のためには、少なくとも一二回(乳癌と子宮癌の検診のために一回、大腸癌の検体の提出のために一回∴検査結果を確認するために一回)の受診が必要であり、平成八年度の新宿区と検診実施
医療機関との間の癌検診委託契約中にはそのための初診料及ぴ再診料が含まれていることが認められるから、被告が二回貝の診療について再診料を請求すること廿許されない。
さらに、被告は、外来管理を加算しているが、その内容は不明であり、著しく不当な請求というべきである。

4平成ル年一月二六目の処方
H同ヨ、原告は、大腸癌の検診の倍呆を聞くために受診したこと(一二回目のそれ)が明らかであり∴前記の理由により、初診料を請求することは許されない。
被告主張のA、◎が行われたか否かについて
膣洗浄については、前叙のとおり
超音波検査の実施については、乙七、九、O、一八及び被告本人尋間の結果中にはこれを実施した旨の記載及ぴ供述があるが、原告はこれを否定していること(甲五、原告本人)、被告の主張によれば、同日超音波検査を再度実施した理由は、原告の求めにより、紹介状を作成するためであり、前回の検査から二か月近く経過していたので、再度病状を確認するためであったこと(したがって、むしろ記録化の必要は高いはずである)、超音波断層撮影の結呆は直ちに写真として記録化することができ、被告も同年一0月目施行分についてはこれをしている(乙一このに∴同年一一月二六目分についてま写真が存在しないこと及び診療録(乙七)には、その旨の記載があるものの、かっこ書きされており∴後から書き加えられた疑いがあることに照らすと、実施されなかったと認められ、冒頭掲記の各証拠は採用できない。
Cについて
被告は、原告から紹介伏の作成を依頼されたと主張するが、これに沿う乙七、o、八及ぴ被告本人尋間の緒呆は、甲五、原告本人尋間の緒呆及び原告は、前回の受診の際、被告から専門病院に紹介することを提案されたのに、これを受け容れなかったこと照らしたやすく信用できない。そして、血液検査の結果に照らしても、精密検査を受十ノる必要性があったとは言えず(現に∴被告白身が紹介汰の中で「良性と思われる〕と記載している(甲一のこ)、紹介状を出す必要性について疑問がある上、被告は、原告に対し、紹介状は有料であることを告知していないことに照らすと、紹介状の作成料を請求することは著しく不当な請求と認める。
Dについて
原告は、サービスであると、三張するがヽ投薬の事実に争いがない以上、この主張は採用しがたい。
5被告が平成八年一0月一目の処方について初診粋を請求したこと及ぴ被告自身これが
誤りであったことを認めていることは争いがないが、これが故意であったか否かについ
て検討する。
子宮癌、乳癌及ぴ大腸癌の検診のためには、少なくとも一二回の受診が必要であり、平成八年度の新宿区と検診実施医療機関との間の癌検診委託契約中には、そのための初診科及ひ再診料が含まれていることは前記のとおりであり、被告は、新宿区から癌検診を受託するに当たり新宿区からその旨の説明を受けていることは被告の自認するところである。そして、被告は、平成九年九月二五目付けの東京新聞の記事(甲一四)を見て、癌検診に当たり初診料を請求したことが誤りであると気づいたと弁解するが、右記牢は初診粋については一切触れておらず、被告の弁解は不自然なものであることにかんがみ
ると、被告には故意があったと推認される。
6以上によれば、被告が原告に対してした診療報酬請求中、平成八年一0月一目処方分については◎ないしGの合計一四八九点、同月一目処方分については一一二五点、同月二二目処方分については二点及ぴ同年一一月二六日処方分については@ないしCの合計一0二点総計二七,西八点、金額にして二万七四八0円、そのうち、原告の自己負担分は一二割に相当する八二四四円は不正請求ないしは著しく不当な請求と認められるっそして、被告の請求中には架空請求が含まれていること、被告のした行為は、罪の意識が蒋いとはいえ、歴とした犯罪行為であり、医療に対する信頼を揺るがすあってはならない行為であること、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、慰籍料の額は一二0万円が相当と認める。
本件事案の内容に照らし、弁護士費用は一0万円が相当と認める。
7よって、原告の請求は主文第一項に掲げた限度で理由があるから、右の限度で認容する。


東京地方裁判所民事第西二一部
裁判官 高柳輝雄


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